東京高等裁判所 昭和31年(う)413号 判決 1956年4月12日
控訴人 被告人 中野仁一
弁護人 山田賢次郎
検察官 小山田寛直
主文
原判決を破棄する。
本件を宇都宮地方裁判所に差戻す。
理由
被告人及び弁護人山田賢次郎の控訴理由は、末尾に添付してある右各作成名義の控訴趣意書に記載せられたとおりである。
よつて、まず弁護人山田賢次郎の控訴趣意第二点について案ずるに、記録を調べて見ると、原審公判調書によると、第一回から第四回まで及び第六回から第九回までの公判調書にはいずれも裁判官として柏木賢吉又は第一回公判調書記載と同一と記載せられていて、各その調書欄外裁判官認印欄には「柏木」と刻した認印が押捺されていること、そして第五回公判調書には、裁判官として堀端弘志と記載せられていて、その欄外裁判官認印欄には右同一の「柏木」と刻した認印が押捺されていることはまさに所論のとおりである。すなわち、右第五回公判調書はその記載されている裁判官の氏名と欄外裁判官認印欄の認印とが異るものであるから、果して右両裁判官のうちいずれが右公判の審理に当つたか不明であつて、同公判調書は無効でありこれをもつて同公判期日における訴訟手続が適法に履践せられたことを証明するに由なく、原審公判手続はその連続を欠くこととなり、しかも右第五回公判調書には裁判官が証拠決定証拠調及び被告人質問等の訴訟手続をなした旨の記載があつて、原判決は同公判における証拠調の結果を原判示事実認定の証拠として採用しているのであるから、右手続違背は判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、弁護人のこの点の論旨は理由があり、原判決はとうてい破棄を免れない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 中野保雄 判事 尾後貫荘太郎 判事 堀真道)
弁護人山田賢次郎の控訴趣意
第二点原判決には訴訟手続に違背があつてその違背は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄せらるべきものと信ずる。
原審記録を査閲するに第五回公判調書(記録二一六丁)に依れば昭和三十年十一月二日裁判官堀端弘士は同調書記載の訴訟関係人立会の上公判を開廷し、立会書記官小林正男が署名押印していることが認められるが同調書欄外の裁判官認印には却つて第一回乃至第四回及び第六回乃至第九回公判の関与裁判官で且原判決の作成者である裁判官柏木賢吉の認印と認められる柏木なる印影が存するのである。刑事訴訟法第五十二条に依れば公判期日における訴訟手続で公判調書に記載されたものは公判調書のみによつてこれを証明するものとせられ、又刑事訴訟規則第四十六条に依れば公判調書には作成書記官の署名捺印の外関与裁判官の認印が要求され、関与裁判官に差支があるときは書記官がその事由を附記して署名押印しなければならない旨規定せられている。而してかかる法意は両者相俟つて調書記載通りの裁判所により同記載通り訴訟手続の履践されたこと換言すれば同調書の記載の真実性を確保し認証するにあることが極めて明かである。然るに前叙のように立会裁判官として記載されている裁判官と同調書の欄外に認印している裁判官とが別人で孰れの裁判官が同公判期日における訴訟手続をみたのか判別し難い場合には同調書の真実性は何等保障されず結局同公判期日における訴訟手続は全部無効であると謂わなければならない。況んや原審は第五回公判期日において鑑定人川上進作成の鑑定書、李東泰の司法警察員に対する供述調書謄本について夫々証拠決定をした上これを取調べ(記録二一六・二一七丁)被告人を尋問し、更に職権を以て証人李東泰の尋問を決定し(記録二一八丁)その後第六回公判において該決定に基き同証人の尋問をなしたことが認められる(記録二五八丁)と共に前記各証拠を判示各事実認定の資料に供しているのである。従つて右の手続違背は判決に影響を及ぼすことが明かで原判決はこの点において破棄せらるべきものと信ずる。(最高裁昭、二四(れ)一五八四号、昭、二四、八、九、三小廷、福岡高裁昭、二七、(う)一七号、昭、二七、四、二、二刑(特報九壱七六頁)、福岡高裁昭、二九、(う)四〇三号、昭、二九、五、一〇、四刑(刑集七巻四号六一九頁)
(その他の控訴趣意は省略する。)